抄録
要旨:心臓や大血管の手術では,心肺機能を代行する人工心肺装置は重要な役割を果たしている.人工心肺装置の構成品の一つであるローラーポンプは,複数のローラーが回転する際にポンプチューブ部をローラーでしごき血液を拍出させる.このポンプチューブに使用される素材には, 柔軟性や耐摩耗性, および耐薬性に優れる軟質ポリ塩化ビニル(PVC)が臨床現場において最も多く用いられている.しかし,PVC 製のポンプチューブをローラーポンプによって長時間しごくことにより,血液流量の変動やポンプチューブの破損などの事例が報告されている.従って,血液流量の変動が少なく安全性の高い素材開発を行う必要があると考えられる.
本研究では,新素材ポンプチューブ開発の基礎研究として,ローラーポンプが PVC 製ポンプチューブに与える影響を in vitro によって評価した.実験には,実際に臨床で使用されているローラーポンプを用いてモデル回路を構成し,循環流体である純水をPVC 製ポンプチューブ内に充填させ,臨床使用環境に近い条件下でローラーポンプによりPVC 製ポンプチューブにストレスを与えた.そして,ストレスを加えた PVC 製ポンプチューブを光学顕微鏡やレーザー顕微鏡,および原子間力顕微鏡を使用して表面層変化を観察した.結果,ローラーポンプによってストレスを加えた PVC 製ポンプチューブには,ポンプ回転方向に点線状の筋が形成されることを初めて明らかにした.
今後,この表面形状の変化と PVC の材料物性との相関関係をX線回折装置や引っ張り試験器等を使用し,構造的に明らかにする事が必要であると考えられる.また,これらの測定結果を検討することにより,ポンプチューブに用いる素材の最適な条件が明確化され,最終的には安全性の高い新素材開発につながることが期待される.
キーワード:(人工心肺装置、ローラーポンプ、ポンプチューブ、ポリ塩化ビニル、原子間力顕微鏡)